あったらいいな♪

〜あらすじ〜
関ヶ原の戦いで天下統一を果たした徳川家康は、日本中の忍びに「脱忍」、つまり忍者稼業を辞めることを命じた。文字通り「天下統一」すべく、徳川家への水面下での謀反を未然に防ごうという狙いだ。忍者たちは脱忍し、平和は訪れた_______かと思われた。

代々徳川家に仕える忍び・虎者一族の当主・長谷川は、「いつか必ず徳川家に災難が降りかかる。その時徳川を守ることができるのは我々虎者しかいない」と考えていた。そのため見せかけだけの脱忍をし、「その時が来たら必ず徳川様をお守りするように」と息子たちに伝え、虎者としての能力を身につけさせた。しかし「忍びは悪」というイメージが蔓延る世間では、「元忍び」ということを公にして生活することは叶わなかった。元忍びへの風当たりが強い社会では、一族が共に暮らしていくことは危険だと判断し、長谷川は正体を隠したまま7人の息子たちを別々の家に養子に出した。

それから15年。如恵留、七五三掛、閑也、海人、宮近、松倉、元太の7人は、父・長谷川の教えを心に抱きながらも世間には正体を隠し、各々社会に溶け込んで生活していた。
そんなとき、京で学問を学んでいた如恵留が江戸に帰ってきた。京で見聞きした衝撃の事実を兄弟に伝え、「虎者として働き徳川に尽くすべき時が来た」と熱弁を振るう。漫然とした日々を過ごしていた宮近は、虎者として生きることに意味を見出す。一方で閑也や松倉、元太は、自らの正体を世間に隠して築き上げた今の生活を手放したくないと感じていた。
果たして彼らは一致団結し、徳川を危機から救うことができるのか?虎者〜江戸浮世語り春爛漫〜、開幕!

 



〜都合の良い設定集〜
虎者
数ある忍者組織の中でも「最恐」との呼び声高い一族。一族は皆背中に虎柄の痣がある。その実態は代々徳川家に仕える忍びで、徳川からの命令の全てを完璧に遂行する。家康が天下を統一した際に全国の忍び同様脱忍を命じられる。


徳川家康
徳川初代将軍。「水面下で徳川に謀反を企む者は許さない」との考えにより、日本全国の忍びに「脱忍」を命じた。長年徳川家に尽くしてくれた虎者一族には感謝しているものの、「一切の例外は認められない」と虎者にも厳しく脱忍を命じる。


長谷川
7人の父で虎者一族の当主。徳川家への忠誠心と忍びとしての能力の高さから、家康から深い信任を得ていた。脱忍を命じられても徳川家への忠誠心は変わらず、息子たちを鍛え虎者としての能力と心意気を伝えた。しかし脱忍令により「忍びは極悪」「忍びは凶暴」といったイメージが世間に蔓延ってしまった。息子たちの身を案じた長谷川は、虎者という正体を隠したまま息子たちを養子に出した。


宮近
五男。裕福な農家に養子に入れられたものの、その農家が没落し極貧に陥ったため海苔屋の丁稚奉公として働いている。寿司屋「花明仁春」(かあにばる)に度々海苔を仕入れに出かけている。生まれ持った明るい性格と達観した考え方により貧乏を恨まず生活している。その一方で漫然とした日々に飽き生きる意味を探していた宮近は、虎者として生きる道が示され、徐々に忍びの稼業にのめりこんでいく。


海人
呉服屋の次男として養子に迎え入れられた四男。宮近の奉公先の海苔屋と呉服屋は近所で、幼馴染のように育った。裕福で後を継ぐ必要もない、気楽な自分の身の上に満足しており、当初は虎者として働くことについても「危険なことはしたくない」「今のままでいい」と興味を示さなかった。しかし宮近の身を案じるあまり、宮近の後を追うようにして虎者に目覚める。


七五三掛
男芸者として生活する次男。貧乏農家に養子に入った末に芸妓小屋「伊武六屋」(いぶろくや)に売り飛ばされる。しかし自身は芸妓の舞や三味線の美しさに惹きこまれ、不幸な身の上を嘆くことなくむしろ芸を磨くことにやりがいを感じている。兄弟でありながら共に暮らすことができない弟たちのことをいつも気にかけている。


如恵留
京の学問所で学ぶ長男。学問の師匠を追って京へと上ったが、弟たちを側で見守ってやるべきだと考えていた七五三掛との間に軋轢が生じてしまった。京で学問を深める中で虎者として立ち上がらなければならないと感じる衝撃の事実を知り、兄弟を説得するべく江戸に帰る。


閑也
寿司屋「花明仁春」の養子として板前修業中の三男。ひた向きに修行に取り組む姿が養父だけでなく店の馴染みの客などにも評価され、信頼されている。板前としての腕前はもちろん人格的にも優れた養父を尊敬しているからこそ、虎者という自分の正体を隠していることに罪悪感を持っている。養父を裏切りたくないという気持ちと、実父や兄弟を大切に思う気持ちの間で揺れ動き、虎者として生きる決心がつかないでいる。


元太
歌舞伎役者の一家に養子に入った七男。虎者一族が離散した際はまだ小さかったため、虎者一族の血を引いているという意識が他の兄弟より薄い。また、歌舞伎役者として築いた地位を守りたいという思いから、虎者として徳川に尽くすべきだという考えに反対し、虎者となることを拒絶する。



松倉
商家に養子として迎え入れられたのち、浮世絵師となった六男。日本各地の風景を絵に描くため、度々長い旅に出る。元来自分のことを「特技も個性もない」とネガティブに捉えていたが、ひょんなことから絵の才能を見出され浮世絵師になった。そのため浮世絵師は自分にとって天職だと考えており、だからこそ元太同様、職を捨てて虎者として立ち上がることに躊躇いを感じている。